始まりは一本の木との出会い
それはCOVID-19が流行してしばらく経った頃のことだった。
ある夜、友人のカナダ人夫婦、リックとリアンと一緒に、天草の官山へナイトトレッキングに出かけた。
二人はプロのパラグライダーパイロットだ。
空から山や川や海を眺める彼らは、地形の話をするのがとても面白かった。
山から流れ出た水がどこへ向かい、どの川に合流し、どの海へ辿り着くのか。
そんな話を聞いているうちに、私は官山という山に興味を持つようになった。
「官山の近くにも飛べる場所はあるの?」
そんな会話から、その夜の山歩きが始まった。
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官山には小さな沢が流れている。
その沢を境に、片側には原生林、もう片側には人工林が広がっていた。
私たちは原生林側から入り、山を半時計回りに登りながら歩いた。
そして下山の途中、人工林へ向かう東屋の近くで、その木に出会った。
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それがハナガガシだった。
夜の森の中では、杉や檜と見分けがつかないほど真っ直ぐ天へ伸びていた。
けれど、なぜか目が離せなかった。
言葉では説明できない神々しさがあった。
僕はその木に強く惹かれた。
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後で調べてみると、さらに驚いた。
かつて天草にはハナガガシが数多く生育していたという。
しかし現在、確認されている成木はほとんど残っていない。
官山のその一本は、最後の生き残りとも言える存在だった。
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江戸時代、この山は幕府の天領地だった。
農民は立ち入ることを禁じられ、伐採も厳しく管理されていた。
その理由の一つがハナガガシだったと言われている。
切り出された材は遠く船で大坂や江戸へ運ばれ、槍の柄として使われていたらしい。
なぜそこまで重宝されたのか。
今となっては分からない。
だが、それほど価値のある木だったことだけは確かだった。
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調べれば調べるほど、この木は単なる一本の木ではないことが分かってきた。
ハナガガシは豊かな腐葉土と微生物に支えられた森で育つ。
湿度があり、空気を含んだ柔らかな土壌があり、落ちたドングリがゆっくり深く根を張れる環境が必要だった。
つまり、ハナガガシが生きているということは、森そのものが健康であるという証でもあった。
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そして気付いた。
もしハナガガシが消えるなら、それだけでは終わらない。
同じように希少種として官山に佇むチャンチンモドキも。
地衣類も。
苔も。
寄生植物も。
その森に暮らす無数の生き物たちも。
一緒に失われていく。
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さらにその森は山だけの話ではなかった。
森は水を蓄え、土砂崩れを防ぎ、小川へミネラルを送り出す。
その水は川を流れ、海へ届く。
森が育てた水は、海の生き物たちを育てる。
山と海は繋がっていた。
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気付けば僕は毎年、ハナガガシのドングリを探し歩くようになっていた。
一本の木との出会いから始まった小さな旅だった。
けれど今振り返ると、
THE ARK OF TREESの旅は、
あの夜、官山でハナガガシと出会った瞬間から始まっていたのかもしれない。